ランの種子の特徴と共生菌

 ランの種子はとても小さく(重さが数マイクログラム=100万分の数グラム)、発芽に必要な栄養分はほとんど持っていません。 写真左は直径9cmのシャーレ中でレブンアツモリソウの果実を割った時のものです。右は小麦の種子とレブンアツモリソウの種子の大きさ比べです。小麦種子はレブンアツモリソウ種子の一万倍の重さがあります。 まるで豪華客船と小舟のような差です。

 

 

 種子は土壌中にいる特殊な糸状菌(カビやキノコの仲間)と共生して、菌から栄養をもらい発芽します。共生と聞くと、仲良し関係のように思えますが、実際は食うか食われるかのバトルです。菌は種子を腐らせ栄養にするために、種子の中に侵入します。しかしラン種子は侵入してきた菌の生長を制御してペロトン(菌毬)と呼ばれる構造体を作らせ、これを消化して栄養を得ているのです。ペロトンは細胞壁と細胞膜の間で大きくなり、細胞質内には入りません。下の写真上は共生発芽させたレジネ(後述)のプロトコームを縦切りしたものです。星印がペロトンです。できたてのペロトンを拡大すると、菌糸がまるでミミズの塊のようになっているのが見られます(写真下)。ペロトンは生長点から離れた部分にのみ見られます。ランは特別な抗菌物質を作って菌の生長を制御し、生長点を守っています(文献1)。しかしランの調子が悪い時は菌に食べられ、種子は腐ってしまいます。多くの場合ランが勝ち、種子は発芽します。菌は大きく育ったランの根にもいますが、この場合は菌はランから栄養をもらっているようです。もしそうならば、最初は片利共生であったものが、後に相利共生になったことになります。

 

 ランの共生菌には様々な種類がありますが、まだほとんど分っていません。私どもの周りに見られる普通のカビは、どんどん成長して胞子をまき散らす暴れ者ですが、ランの共生菌は、大変おとなしい性質を持っています。有名なのはRhizoctonia repens で、この菌は普通は土壌中の腐植を食べて腐生的に生きています。ハクサンチドリなどの多くの地生ランを発芽させることができるジェネラリストです。下の写真はオートミール培地で育てたrepensです。接種後一週間目でもこの程度の生長しかしません。ジェネラリストとは対照的に限られたランとだけ共生できるスペシャリストも多くいます。特定の樹木の外生菌根菌(下の「植物と菌の共生」ボタンを押してください)がスペシャリストになることもあるようです。古くからランの共生菌はRhizoctonia(リゾクトニア)属に分類されてきました。これは、一定の特徴を持つ不完全菌類(胞子を作らないために分類が困難なもの)を取り敢えずグループとして纏めたものです。近年遺伝子解析が容易になり、分類が見直されています。早晩、リゾクトニア属という名前は、病原性を持つものは除いて、消えていくと思います。レブンアツモリソウの共生菌はTulasnella (ツラスネラ)属に分類されます(文献2)

 

文献1. Shimura, H., Matsuura, M., Takada, N. and Koda, Y. 2007. An antifungal compound involved in symbiotic germination of Cypripedium macranthos var. rebunense (Orchidaceae). Phytochemistry 68:1442-1447.

文献2. Shimura, H., Sadamoto, M. Matsuura, M., Kawahara, T., Naito, S. and Koda, Y. 2009. Characterization of mycorrhizal fungi isolated from the threatened Cypripedium macranthosvar. rebunennse in a nothern island of Japan: two phenologically distinct fungi associated with the orchid. Mycorrhiza 19:525-534