春植物(キバナノアマナ)の早い老化のメカニズム

 東北や北海道のような温帯北部から亜寒帯にかけての落葉樹林の林床には、春先にだけ見られる植物のグループがあります。これらは雪解けから初夏までの短期間に美しい花を咲かせて実を付け、木々の葉が茂って林床が暗くなる頃には地上部は枯れてしまいます。種子や地下に残された塊茎や鱗茎が翌年まで生き延びます。これらの植物は英語ではspring ephemerals(ephemeralは儚い物の意)、日本語では春植物と呼びます。代表的な日本産の春植物としてはカタクリ、キバナノアマナ、エゾエンゴサク、アズマイチゲ、フクジュソウなど、外来種ではスノーフレーク、キオノドクサなどがあります(下図)。

 

大きな群落を作るので、ほかの植物たちが茂っていない春先に花のカーペットを作ってくれ、北国の遅い春の楽しい見ものになっています。春先の林床には次の4つの利点があります。①上部を覆っている木々の葉が無いので十分な光が林床に届く。②雪解け後で、水分が十分存在する。③前年の落ち葉が分解した栄養分(窒素分)を利用できる。④花粉を運ぶ送粉昆虫をめぐる競争が無い。これらの利点を利用するために、春植物たちは春先の短い期間に進出したものと思われます。ではこのような植物たちはなぜ、短い期間に老化して枯れてしまうのでしょうか?暗い林床では光合成で稼ぎ続けることはできず、収支はマイナスになってしまいます。マイナスに転じるのを防ぐためにキバナノアマナは積極的に老化し枯死していると考えられます。私たちはキバナノアマナを材料として、早い老化・枯死のメカニズムを探り、リノレン酸が老化の主因であることを突き止め、論文を発表しました。以下に簡単に内容を解説します。
Hiroko Iwanami, Noboru Takada and Yasunori Koda
Ephemerality of a spring ephemeral Gagea lutea (L.) is attributable to shoot senescence induced by free linolenic acid
Plant and Cell Physiology 58(10):1724-1729 (2017) Doi:10.1093/pcp/pcx109
 キバナノアマナのライフサイクルと生育場所の林床の明るさの変化の模式図と、実際の群落の一週間ごとの変化を下の二つの図に示しました。

 

 

 老化・枯死する時期と林床が暗くなる時期が一致しているので、暗くなったために枯れるとも考えられます。そこでキバナノアマナを一年中明るい畑で育ててみたところ、やはり初夏に枯れてしまいました。キバナノアマナは積極的に老化・枯死しているのです。何らかの老化促進物質が関わっている可能性があるので、老化が始まる前のキバナノアマナの抽出物を葉に与えたところ強い老化促進活性が認められました。この活性物質を純化精製し、化学構造を調べた結果、活性物質はα-リノレン酸でした。リノレン酸はキバナノアマナの葉の老化を強く促進し(下図上)、葉と花茎のリノレン酸含量は葉の老化(図のピンクの丸印)が始まる直前に大きく増加しました(下図下)。

 

 

キバナノアマナはリノレン酸を生成して積極的に老化・枯死しているのです。老化を促進する植物ホルモンとしてはジャスモン酸が知られており、ジャスモン酸はリノレン酸から生合成されます。したがってリノレン酸はジャスモン酸に代謝されてから老化促進活性を示している可能性があります。しかしキバナノアマナの老化物質を追い続けている中では、ジャスモン酸は全く検出されませんでしたので、リノレン酸そのものが老化を促進しているものと思われます。ユリ、タマネギ、チューリップ、ニンニクなどの多くのユリ科植物は鱗茎の成熟に伴い、地上部は老化して枯死しますが、これらの老化・枯死にもリノレン酸が関与していると思われます

この論文は北海道大学図書館の下記のURLから見ることができます。

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/71778