ダイコンの種子は、通常は夏に蒔きます。種子はすぐに発芽して、極端に短い茎にたくさんの葉を茂らせます。葉の塊はまるでバラの花のように見えるため、このような形をロゼット型と呼びます。成長とともに根（厳密には胚軸も含みます）が太り、秋にはこれを野菜として収穫します。ではダイコンを収穫せずにそのまま畑で育てるとどうなるでしょうか？ 本州以南では葉や根は少々の寒さには負けず、冬を越します。春になって日が長くなってくると、急速に茎が伸び始めます。この茎の生長を「抽だい」と呼びます。初夏には、高いものでは１ｍを越す茎の上にたくさんのピンクに縁取られた白い花を咲かせ、種子を実らせて一生を終えます。ダイコンと同じような生活史を持つものに、カブ、ホウレンソウ、ニンジン、ビート等があります。これらは二年生植物と呼ばれていましたが、年度（冬）をまたいでいるだけで実際の生育期間は一年間なのです（下図）。したがって最近これらの植物は冬一年生植物と呼ばれるようになりました。
ダイコンは一年中需要があるため、抽だいしにくい品種を選んで春蒔きも行われていますが、たまに起こる春先の低温を冬と勘違いして、抽だいしてしまうことがよくあります。抽だいが始まるとダイコンの中の維管束部分が固くなってたいへん不味くなります。抽だいしたものは農産物として売り物にはならなくなるため、抽だいは農業上の大きな問題であり、そのメカニズムの解明が待たれていました。 ロゼット型を持つ植物たちはなぜ秋には茎を伸ばさず、春になってから茎を伸ばすといった面倒な変化をするのでしょうか？ ロゼット型では植物体が地面のすぐ近くにあるため、強風が吹いても被害を受け難く、また夜間冷え込んでも地面は比較的暖かいので寒さから身を守ることもできるでしょう。一方で抽だいした高い茎に花を付ければ、花粉を運んでくれる昆虫が遠くから見つけることができます。したがってロゼット型とその後の抽だいは積極的な進化の結果、獲得されたものと思われます。植物ホルモンの一種であるジベレリン（GA）は茎の生長を促進します。ロゼット型のダイコンにGAをかけると茎の節間伸長が促進され抽だいが始まるため、昔からGAの不足によりロゼット型が保たれ、GAが増加すると抽だいが起こると考えられていました。しかし単なるGAの不足がロゼット型の原因なのでしょうか？ 積極的にロゼット型を保つためには、GAの働きを阻害し、茎の節間生長を阻害する何らかの阻害物質（抗抽だい物質）が存在している可能性があります。私たちはダイコンは抽だい阻害物質（抗抽だい物質）を作り出して積極的にロゼット型を保っていることを明らかにしました。 Yoshida, Y., Takada, N. and Koda, Y. (2010) Isolation and identification of an anti-bolting compound, hexadecatrienoic acid monoglyceride, responsible for inhibition of bolting and maintenance of leaf rosette in radish plants. Plant and Cell Physiology 51:1341-1349. 概要は以下の通りです。
ロゼット型を保っているダイコンのシュート（茎と葉）の抽出物をダイコンに与えて培養してみました。その結果、抽出物には抽だいを強く阻害する活性が含まれていました。様々な方法を駆使してその物質を純化し、化学構造を調べたところ、その物質はリノレン酸（炭素数18、二重結合数３）とよく似た脂肪酸（炭素数１６、二重結合数３）がグリセリンと結合したものでした（下図）。
この物質（抗抽だい物質）がダイコンの節間伸長に及ぼす影響を調べたものが下図です。比較を容易にするために根と葉を除いて茎だけにしてあります。物質を与えた茎はほとんど伸びずロゼット型を保っています。
またダイコンの成長に伴って、シュートに含まれる抗抽だい物質がどのように変化するのかを調べたものが下図です。ロゼット型の植物体には抗抽だい物質は多く含まれていますが、成長に伴い徐々に減少し、抽だいが始まる前にはこの物質は無くなってしました。したがって抗抽だい物質の束縛から解き放たれると抽だいが始まると言えます。ＧＡは抽だい開始後に増加し始めることが知られていますので、抗抽だい物質のブレーキが外れて、わずかな抽だいが始まるとＧＡが増加して、大きな茎の伸長生長が起こるものと考えられます。
この論文は北海道大学学術成果コレクション（ＨＵＳＣＡＰ）の下記のＵＲＬから見ることができます。
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/46761