コンタミ

 無菌培養でも共生培養でも、最も厄介なのは培地への雑菌混入です。英語で汚染のことをcontaminationと言いますので、コンタミと略します。コンタミが生ずると、培養しているランは枯れてしまいます。また共生培養でも、共生菌はおっとりとしており、一般のカビのような乱暴者ではないので、コンタミすると死んでしまいます。培地は高圧滅菌し、移植等の作業は雑菌のいないクリーンベンチ内で行いますので、作業中にコンタミが起こることは、よほど腕が悪い場合を除いて、ほとんどありません。培養に用いる容器の蓋はネジ蓋や隙間の少ないものなので、雑菌の胞子は入り込めません。しかし私のラボではひどいコンタミが生ずるのです。大学時代はこれほどのコンタミは経験して事がありませんでした。コンタミしたシャーレを顕微鏡で良く調べたところ、なんとダニ(下の写真)いました。正体はケナガコナダニであると思われます。このダニは土の中に常在し、様々な有機物の他にカビの菌糸も食べることが知られています。

 文献 6. 諸角 聖、吉川 翠、和宇慶 朝昭、一言 広.1987. ケナガコナダニの食菌性と真菌伝播能.食品と微生物 4:No.2 133-141

 

 拡大して観察するとダニの腹の中にはカビの胞子がたくさん詰まっていました。このダニが小さな隙間から入り込み、培地に胞子を蒔いて、生えてきたカビを食べていたのです。短時間に爆発的に増殖し(どうやらメスのみで単為生殖できるようです)、胞子を腹に詰めて再び外へと這い出し、周囲にコンタミを広げます。このダニは嗅覚も鋭く、好んで隙間に潜り込む性質を持っているようです。 隙間を減らすために蓋の周りにパラフィルム(伸展性と弱い接着性のあるもの)やビニールテープを巻いてみましたが、コンタミを完全に防ぐことはできませんでした。次に、使用済みのコンタミしていない培地を培養物の周りに、トラップとして置いてみました。3日ごとにコンタミをチェックし、コンタミしたものは直ちにブリーチに漬けこんで処理します(ブリーチは強烈な殺菌作用を持ちます)。下の写真はコンタミしたてのフラスコの縁です。ダニの歩いた跡に白いカビが生えているのが分ります。 

 

 トラップによる補殺を繰り返せばダニの数は減るはずです。しかし何時まで経ってもコンタミはゼロにはなりませんでした。微小な昆虫であるチャタテムシはカビを食べることが知られています。これも消化管の中に胞子を持っているそうです。チャタテムシは家の中で繁殖し、その遺骸がアレルギー疾患の原因になります。チャタテムシは段ボールの切り口のギザギザの中に多くいるそうです。私のラボでには、経費節減のため古段ボール箱を様々に利用していますが、ここがダニの供給源である可能性があります。ホームセンターでプラスチックのケースを買い、古ダンボールは全て廃棄したところ、コンタミはかなり減りました。

 またケナガコナダニには通常の殺ダニ剤は効きにくいのですが、日本曹達のコテツはこのダニにも効くと知り、蒔いてみたところコンタミは更に減りました。

 いまはコンタミを完全に防ぐために培養容器にはシリコンパッキングを入れて、完全密封しています。通気は完全に妨げられ、ランの生長に悪影響を及ぼすことを心配しましたが、生長はそれほど悪くはなりませんでした。また定期的に培養棚に殺ダニ剤を散布しています。かなり悪戦苦闘しましたが、やっとコンタミの悩みからは解放されそうです。

 また種子を蒔くときはシャーレを用いていました。シャーレをジプロックのような密閉できる(と思われる)プラスチックバックに入れ、口をさらに熱シーラーで閉じても、コンタミは収まりませんでした。今はシャーレは用いず、ジャム瓶を用いて種子を蒔き、蓋を固く閉じています。これによりコンタミは無くなりました。発芽率にも影響しませんでした。


 下の写真は、ダニによるものではなく、根から共生菌の分離を試みた時に生じた激しいコンタミの例です。根は長時間表面殺菌しましたが、この有様です。ここまで放置すると後始末が大変です。

 

コンタミ防止薬剤:糸状菌とバクテリアの生長を特異的に阻害し、植物にはあまり害を示さない殺菌剤が市販されています。ナカライテスクのPPM (plant preservative mixture)です。外で育成した植物片を殺菌して無菌培養に持ち込む際には、いくらブリーチで表面殺菌してもコンタミが多発します。弱いコンタミはこの薬剤で防ぐことができますが、強いコンタミは防げません。大変高価で(100ml 3万円)ですが、1リットルに1 ml 添加すれば済みますので、コンタミに悩まされることを考えると、それほど高価ではないでしょう。