レブンアツモリソウ (Cypripedium macranthos var. rebunense)

 特徴: レブンアツモリソウは北海道の礼文島に固有なランです。草丈は高くても30cm程で、5月末から6月の初旬にかけて白あるいは薄いクリーム色の花を咲かせます。真ん中の丸い袋状の花弁(唇弁)の直径は2.5~3.5cm程です。

 

 多年生ですが寿命ははっきり分っていません。礼文島高山植物培養センターには16年を経た古株がまだ元気に育っています。しかし数年で枯れてしまうものも多く、寿命には個体差がかなりあるようです。株が育つとともに、根元で枝分かれし、一株当たりのシュート(茎と葉の総称)の数が増え、花の数も増えます。花の中央には雌しべと雄しべが合体した「ずい柱」があり、その基部の左右に粘性のある花粉塊(下の写真の薄茶色の丸いもの)が付いています。それより先端の内側に柱頭があります。花粉の主な運び屋はニセハイイロマルハナバチです。唇弁には深い返しがあるため、唇弁の真ん中の穴から中に入ったハチは、その穴からは外に出られません。ずい柱の基部の左右にある隙間(下の写真)から外に出ます。唇弁の基部には毛が多く生え、ハチが登り易くなっています。外に出る際に、背中に花粉塊が付着します。次の花で同じことを繰り返す時に、花粉塊が柱頭に付き、受粉が行われます(文献5)。ですから自然界では他花受粉することになります。

 

 

下の写真は十分に熟した花粉塊です。綿棒で触ると簡単に粘性の高い花粉塊が外れます。1果実あたりの種子数は数千から最大5万個と変異が大きく、その数は花粉の数によって決まるようです。花には蜜は無く、マルハナバチは騙されて花粉を運ぶことになります。ランは発芽時には共生菌を食べていますので、ある女子学生は「レブンアツモリソウは蜂も菌も騙す、悪女のようです」との感想を漏らしていました。擬人化すればかなりの悪女ですが、自然界では「騙し」は珍しいことではありません。果実は9月に熟し微細な種子が風で散布されます。地面に落ちた種子は越冬すると休眠から覚めます。そこに共生菌が侵入してくると発芽が始まります。一年目はプロコームの形で地中でゆっくりと成長します。うまく育てば2年目の春には地上に芽を出すことができます。

 

文献5. Sugiura,N., Fujie, T.,Inoue, K. and Kitamura, K. 2001. Flowering phenology, pollination, and fruit set of Cypripedium macranthosvar. rebunense, a threatened lady's slipper (Orchidacea). J. Plant Res. 114:171-178.

 

 自生地: 最も大きな自生地は礼文島北部の鉄府地区で、その一部は一般公開されています。南の桃岩周辺にもパラパラと存在します。このランは草丈の短い草原(短茎草原)の湿った部分を好みます(写真下)。地すべりや土砂崩れでできた新しい場所に短茎草原ができ、そこに住みつくのです。礼文島の北部と南部には多くの地すべり地帯があります(上右、防災科学研究所発行)。鉄府地区の自生地も大規模な地滑り跡地です。短茎草原にはやがてススキやササのような背の高い草が生い茂って高茎草原になり、それもやがて森林へと変化していきます。こうなるとこのランは生きていけません。新しい自生地の成立には新たな崩壊地が不可欠です。昔は土留め工事がなされなかったため土壌の崩壊が頻繁で、またササは燃料としてススキは建築資材として刈り取られて、自生適地が維持されてきたと思われます。現在、環境省を中心にして、ササの刈り払いや搔き起こしを行いそこに種子を散布する試みが始まりつつあります。大きな効果が出ています。

 

個体の増減: 園芸的価値が高いため、古くから盗掘の対象になり、また上述のように、生育適地の減少によりその数を減らし続けてきました。現在では「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(通称「種の保存法」)で「特定国内希少野生動植物種」に指定されており、自生地からの採取は厳禁されています。また人工増殖した苗を販売する際は、環境省と農林水産省への届け出が義務づけられています。残された自生地内の個体数の変動は、場所により異なります。南部では今でも土壌崩壊が頻発するためか、個体数は少しずつ増加する傾向にあるようです。一方最大の自生地である北部では、10年にわたる観察の結果、子供の個体数が大きく減少していることが分りました(森林総合研究所河原氏)。近年は春先に雨が少なく、種子発芽が困難になっていることが原因だと思われます。大人の株の寿命が尽きれば、北部の自生地はいずれ消えてしまうでしょう。私は「共生発芽苗の植え戻しによる自生地の復元を早急に始めるべきである」と主張していますが、反対する方々もおられ、実現には至っていません。マルハナバチの蜜源植物の確保等も含めて、様々な手当を行うべき瀬戸際であると思います。

 礼文島のアツモリソウ: 北海道本島には赤紫のアツモリソウは分布しますが、レブンアツモリソウは見られません。礼文島ではごく稀にレブンアツモリソウのそばにアツモリソウが咲いているのを見ることができます(下の写真)。両者は交雑可能なはずですが、なぜか白と赤紫の中間色の花は存在しません。レブンアツモリソウとアツモリソウは同種で、赤を発現する遺伝子は一つで劣性であり、ホモのみが赤になると考えれば説明できます。別にクリームの遺伝子もあるのでしょう。しかし、それが正しければ赤もかなりの数あるはずですが、レブンではほとんどが白かクリームです。また北海道本島にレブンアツモリソウが無い理由も不明です。